《レーシック情報》目の病気や疾患を持っている人

近いうちにレーシックを受けようと思っているのでしたら、大切なことはレーシックに関する知識を勉強するということです。
「メリット」「リスク」「術後の生活」などなど細かなところまでしっかりと事前に把握をしておくようにしましょう。 緑内障や白内障の方、ぶどう膜角膜やヘルペス性角膜炎を引き起こしたことのある方はレーシック手術が出来ません。
さらに角膜疾患を起こす可能性のある薬を飲んでいる方も断られてしまうことになります。

 

レーシック手術を残念ながら受けることの出来ないケースというのは、目に何らかの疾患がある場合となります。
レーシックは、とても敏感な部分である目を取り扱うため、どうしても治療を受けられる人に制限が出てきてしまうのです。

 

もし目に何らかの病気や疾患を持っていたり、特定の症状がある場合におきましては、治療を断念しなければいけません。
これは事前の検査で判明しますので、担当医の決定に従うこととなります。



《レーシック情報》目の病気や疾患を持っている人ブログ:20年10月15日

俺のお母さんは今年で満75歳になるが、
たいした持病もなく元気そのものである。

健脚なため、70歳を過ぎてから本格的に登山を始め、
毎年、秋には山に登るのを楽しみにしている。
ご近所でも評判のスーパーおばあちゃんである。

そんなお母さんの実家は、
紀伊半島の尾鷲という港町から
さらに奥に入った小さな漁村である。

子供の頃、
お母さんは俺たちを連れてよく実家に帰省したのだが、
実際、お母さんの田舎は海や山以外は何もないところだった。

その日、水揚げされたばかりの新鮮な魚介類や
畑で取れた野菜がそのまま食卓に上る。
自給自足に近いような生活である。

14時は海で泳ぎ、西瓜やかき氷を食べ14時寝をした。
20時の海岸では都会の海では見ることができない夜光虫が見られた。

田舎での生活は単調で何もない生活だったが、
団地っ子の俺にはそんな生活も新鮮に映った。

お母さんの言葉を借りれば、
「幼い頃、食べ物でひもじい思いをした経験は一度もない」と言う。

お母さんと同世代の人たちの話を聞くと、
戦争中から戦後に掛けて、食べ物で苦労した話は枚挙に暇がない。

しかし、
お母さんは
「子供の頃は毎日、ブリの刺身ばかりで飽き飽きした」とか
「都会から着物や洋服を持って魚と交換しに来た人がよくいた」
という話を俺によくしてくれた。

一方、俺の父は15年前、脳出血が原因で他界した。
父の故郷は横浜で、お母さんとは対照的な人生を送った。
幼い頃、食べ物で散々苦労したらしい。

今思うと、
幼少期から青年期に掛けての食べ物の差や栄養の差が、
父とお母さんの寿命の長さを分けたのではないかと
俺は密かに思っている。